アメリカのホテル

「inn(イン)」という英語をご存知でしょうか。日本でも、ホテルの名称として「○○イン」という看板などを見かけることがあるので知っておられる方も多いと思いますが、やや小さな旅館もしくは比較的安いホテルを意味します。イギリスでは田舎にある一階が酒場になっているやや古風な宿屋の意味で用いられることが多いそうですが、アメリカでは、たんに全米いたるところにある比較的安価なホテルの意味で用いているようです。

 

「イン」は昔から旅行者に手頃な宿泊施設として利用されてきました。18世紀後半になると、ビジネス上の重要な宿泊施設としてのホテルが現れてきました。

 

アメリカにおけるホテルの立地条件は、17世紀の初頭、北アメリカ大陸の大西洋岸にイギリスの植民地が建設されて以来、交通機関の発達と深くかかわってきました。アメリカがまだイギリスの植民地であった時代、「イン」はほとんど東部の港町にありました。その後アメリカが独立を果たし18世紀も終わりごろになると、駅馬車でアメリカ横断の旅ができるようになってきました。いわゆる「西漸運動」です。そうすると「イン」も、幹線道路沿いに建てられるようになってきます。

 

それが、19世紀に入り鉄道建設がはじまると、こんどは鉄道旅行者に便宜をはかる必要から、鉄道の駅近くに、より大きなホテルが建てられるようになります。ホテルの大規模化にともない、サービスや娯楽が格段に向上し、大都市のホテルでは宿泊形態そのものが豪華なものに変貌していきます。その料金体系は、まだまだ一般の旅行者にとっては負担の大きいものでした。

 

そこで、アメリカでは20世紀になると、中流層でも手の届く料金ですぐれたサービスを提供できる大ホテルが建設されるようになります。第一次世界大戦(1914年〜1918年)は近代資本主義の産みの親である大英帝国の没落をもたらし、代わってアメリカが世界の覇権国となり経済的繁栄を謳歌し、多くのアメリカ国民の旅行を可能としました。

 

ようやくアメリカ国内にホテル建設のラッシュが訪れたのです。とくにビジネスマンの国内移動が増え、新しいホテルの多くはビジネスマンの集中する都市に建設されました。モーテルの原型になった旅行者用ホテルが開業するのもこの頃のことです。さらにホテル経営者を育成するための専門学校や料理人のような技能職を養成する技術学校も設立されています。

 

こうしたアメリカのホテル産業の繁栄を伝え聞いて、このときヨーロッパからは、ホテル業に心得のある多くの人がアメリカにやってきました。当時のアメリカのホテル業界で、彼らの技能は大いに歓迎されたからです。

 

さらに、第二次世界大戦後の世界は「パックス・アメリカーナ」の時代を迎え、アメリカには、空前の自動車旅行ブ−ムがやってきます。ハイウェーのインターチェンジ近くには、新しいモーテルが続々と建設されました。これらのモーテルは、しだいに上質なサービスや施設で勝負するようになり、既存のホテルとのあいだで競争がうまれました。

 

やがて、より効率的な交通手段として長距離列車やキャンピングカー・航空機による旅行へ比重が移動すると、ハイウェー沿いの施設は必要性が減り、モーテルが大都市や空港に近い区域に建てられるようになり、ホテルとの競争はさらにはげしくなりました。

 

アメリカのホテル産業は、その後現代にいたるまで、激しい競争を勝ちぬくために、ビジネスマンのためのファクスサービスやコピーサービスのようなきめ細かなサービスを必要とするようになり、さらにインターネット接続サービスにいたるまで、そのサービスの進化はとどまることがありません。